築城年代は定かではない。加賀守護富樫政親と守護職を巡って争って敗れた弟幸千代の城とされる。
その後は一向一揆勢力が利用していたが、天正8年(1580年)荒川市助、中川庄左衛門が大将のとき織田の軍勢佐久間盛政によって攻め落とされたという。
虚空蔵山城は和気小学校の東に聳える標高137.4mの虚空蔵山に築かれており、現在はハイキングコースが整備されている。
三角点のある山頂が本丸で南峰の二の丸、北東峰の曲輪と3つの曲輪で概ね構成している。
大手は小学校付近から登る道とされ、現状石段が整備され、土塁をともなう堀底道を登るようになっている。ここを登った所が大手門跡とされ大きな石を用いた石積で平場が構築されている。
主郭は楕円形状で低い土塁が巡り、南の虎口付近はやや高くなる。北西にも虎口があり、ここから北西尾根方面に下ると堀切などが確認できる。
二の丸は北虎口脇に巨石を用いた石垣があり、曲輪は土塁が巡る。曲輪の外側は埋もれている部分も多いが横堀がほぼ全周する。
北東の曲輪は一部土塁があり、北東尾根を大堀切で遮断、東側は帯曲輪がある。
登口はいくつかあるようだ。わかりやすいのは和気小学校東隣にある小公園の奥にある登口で案内板が出ている。トイレはないが、公園には駐車場もある。
最寄り駅(直線距離)