加賀 舟岡城かが ふなおかじょう

城郭放浪記


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加賀 舟岡城の写真
掲載写真数
形態
山城(190m/90m)
別 名
舟岡山城,船岡城,剣城,八幡城
文化財指定
市指定史跡
遺 構
石垣,土塁,曲輪,横堀,虎口
城 主
若林長門守,高鼻定吉
歴 史

築城年代は定かではない。 織田信長の加賀に侵攻に対応して、白山麓山内衆の大将鈴木出羽守の守る鳥越城への入口を固める為に修築されたといわれる。

天正8年(1580年)織田軍の加賀平定作戦で鳥越城とともに落城したという。

天正11年(1583年)前田利家が金沢に入城すると、家臣高鼻石見守定吉が城主となった。高鼻定吉は文禄年間(1592年~1596年)には一万三千石を領す重臣であった。

説 明

舟岡城は手取川に面した標高178.9mの舟岡山に築かれており、現在は遊歩道が設けられている。

舟岡山は西の手取川側は急峻な地形であるが、山上は広くなだらかであり小勢で守るような城を築くには不向きな山である。現在の縄張は加賀前田家の支城としてある程度の守兵が確保できることを前提としたものである。

舟岡城の曲輪群は南西の急峻な地形に沿って南北に曲輪を連ね南端部を城域としている。北に拡がる山腹は緩斜面地形で家臣団の屋敷などが展開されていたのであろうか。

主郭は石垣で固められていたようで、よく見ると至る所に石垣が露出している。隅石の一部は初期の算木積になっている。虎口南北両側にあって土橋が架かる。

主郭の北下に城内で最も広い土塁のある曲輪があるが、この虎口も土橋が架かり、東の土塁は横堀を伴って弓なりにカーブしており、見どころの一つである。

案 内

登口はいくつかある。車の場合は北の白山青年の家側から登るのがわかりやすい。白山青年の家に駐車可能で、建物の裏の案内板のところから遊歩道がついている。

最寄り駅(直線距離)
0.2km 加賀一の宮駅
1.2km 中鶴来駅
1.7km 鶴来駅
3.3km 日御子駅
4.0km 小柳駅
主な参考文献
戦国の北陸動乱と城郭(戎光祥出版 )
加賀中世城郭図面集(桂書房)
石川県中世城館調査報告書III(加賀II)
日本城郭大系〈第7巻〉新潟・富山・石川(新人物往来社)
所在地/地図
石川県白山市八幡町
GPSトラックデータダウンロード :[KML形式 ][GPX形式 ]
付近の城(直線距離)
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5.5km 加賀 莇生砦
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7.8km 加賀 安吉城
8.2km 加賀 粟田備後守館
8.2km 加賀 高尾城
8.3km 加賀 末松館
8.6km 加賀 鳥越城
8.8km 加賀 山川三河守砦
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9.0km 加賀 中峠北城
9.1km 加賀 三坂峠城
9.2km 加賀 藤岡氏館
9.3km 加賀 岩倉城
9.4km 加賀 殿様屋敷
9.5km 加賀 覆山堡
9.6km 加賀 二曲城
10.0km 加賀 鷹巣城
最終訪問日
2022年11月
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