築城年代は定かではないが南北朝時代に亀寿山城主宮氏の一族によって築かれたと云われる。
室町時代には神辺城主山名氏の一族山名清左衛門時英の居城であったと云われる。 天文16年(1547年)大内氏による神辺城攻めの際には大内・毛利の将兵が天神山城に布陣したとされる。
天神山城は神辺城から高屋川を挟んで北側にある要害山に築かれている。 要害山は独立丘陵で山は比較的なだらかである。
主郭には屈折させた土塁が巡り虎口は西、南東、北に開いている。このうち南東の虎口は桝形になっている。薮になっていて確認しづらいのだが西を除く三方には横堀が巡っている。
南西中腹にある天満神社を目指す。境内に駐車可能でここから遊歩道が山頂に続いている。
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