備後 桜山城(三原市)びんご さくらやまじょう

城郭放浪記


△トップに戻る

TOP > > (備後国/広島県) > 桜山城(三原市)
Tweet
備後 桜山城(三原市)の写真
掲載写真数
形態
山城(180m/170m)
別 名
三原城甲の丸
文化財指定
なし/不明
遺 構
石積,土塁,曲輪,堀切,横堀,竪堀,井戸,虎口
城 主
山名氏
縄張図
桜山城(三原市)縄張図
歴 史

築城年代は定かではない。 文応から文永(1260年〜1274年)頃に山名氏正の居城であったと云われる。

天文22年(1553年)毛利氏が八幡原元直に三原要害への在番を命じており、この三原要害が桜山城とも推測されている。

その後の動向は定かではないが、小早川隆景が三原城を築いたときに詰丸として整備されたとも考えられている。

幕末の慶応2年(1866年)に桜山に堡塁が築かれ、山頂と山麓に大砲が据えられたという。

説 明

桜山城は三原城天守台の北東に聳える標高175mの山頂に築かれており、現在は登山道が整備されている。

桜山城は南北に伸びた尾根に沿って曲輪を展開し、南端が一番低く、北端に向かって段々高くなっていく。三原城が築かれて以降の山陽道は南麓を通っているが、それ以前は北側を迂回していたとも云われ、南側は河口で海にも近かったと思われる。

南北に長い山頂部に曲輪が展開しており、北端が主郭となる。主郭Iから曲輪IIの北半分ほどが土塁囲みで、南端の曲輪IIIのあたりも一部土塁状の高まりが確認できることから、全体的に土塁で囲まれていた可能性がある。また、腰曲輪IV、V、VI、VIIも全て土塁囲みになっており曲輪VIIは特に内側に二段になった低い石積みを伴っているのが特徴である。

井戸は主郭Iに石組井戸があり現状深さ約4mである。曲輪IIにも大きな井戸があり現在も水がある。また曲輪IIIの西下に岩盤を削った井戸が2か所残されている。

北尾根は岩盤を堀切石積で補強した堀切1が北端で、主郭の北下に二重堀切2がある。東側面には畝状竪堀群3が確認でき、下方は横堀状になっている。一方西側は腰曲輪VIの下方に横堀4があり、そのまま北へ伸びた堀切1と接続している。南尾根側は堀が見当たらない。

案 内

広島大学付属三原小中学校の東側の道路沿いに登山道入口の看板が出ている。北側の鞍部からは東光寺や西側にも降りるルートがあるが、南東側から登るのがわかりやすい。駐車場はない。

最寄り駅(直線距離)
0.7km 三原駅
2.4km 糸崎駅
4.0km 須波駅
8.6km 安芸幸崎駅
9.0km 本郷駅
所在地/地図
広島県三原市桜山町
GPSトラックデータダウンロード :[KML形式 ][GPX形式 ]
付近の城(直線距離)
0.7km 備後 三原城
1.7km 備後 城ヶ平山城
2.7km 備後 頼兼城
3.2km 備後 茶臼山城(三原市)
3.3km 備後 猿掛山城
5.1km 備後 医王山城(田屋城)
5.2km 安芸 鶴山城
6.1km 安芸 稲村山城
6.3km 備後 鳴滝山城
6.8km 備後 小童山城
7.3km 備後 勝山城(八幡町)
8.1km 安芸 三太刀城
8.4km 備後 茶臼山城(八幡町)
8.4km 備後 馬神城
8.7km 備後 古城山城
9.0km 備後 家政城
9.0km 備後 青木城
9.2km 安芸 高山城
9.6km 備後 門田城
9.6km 備後 上野城
最終訪問日
2023年1月
TOP > > (備後国/広島県) > 桜山城(三原市)