築城年代は定かではないが本善寺によって築かれたと云われる。 本善寺は文明8年(1474年)本願寺蓮如によって創建された浄土真宗本願寺派の寺院で、室町時代後期には大和の国でも最大級の真言宗寺院であった。
この本善寺が境内の背後に聳える山に築いたのが飯貝城で、敵対していた金峰山寺、越智氏、木沢長政らによって攻め落とされた。
本善寺は天文6年(1546年)に再興されたが、天正6年(1578年)筒井順慶によって焼き払われている。
飯貝城は本善寺背後の山に築かれている。
単郭の城で最高所の段を取り巻く帯曲輪は竪堀や土塁で区画している。尾根は北と南西に堀切があり、南東も堀切があったような地形が残っているがはっきりとしない。主郭には枡形状の虎口があり、主郭を取り巻く帯曲輪に出でさらに北の堀切へと通路が続いている。帯曲輪は南にある竪堀で区画され、南西側は土塁がある。
本善寺境内から蓮如上人御厨への道がある。蓮如上人御厨の裏手に回ると右上に登っていく山道が付いており、これを登れば主郭に行くことができる。
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