南北朝時代に吉野城の支城として護良親王によって築かれたと伝承されるが詳細は不明。
丹治城は吉野川南岸の標高260mほどの山に築かれており、現在は登山道が整備されている。
東西に長い山頂部の東端が最高所で主郭Iとなる。西へ向かって段造成され、西端はやや高く曲輪IIとなる。その中央に虎口があり、一段低い小郭を経て曲輪IIIと繋がっている。
曲輪IIIは主郭部の北側面に設けられた帯曲輪であるが、西側は削平されているものの、東側は自然傾斜を残している。主郭への通路の両脇には円形の窪みが二基あるが、開墾されたものだろうか。主郭北下に横堀状の溝3があるが、これも開墾に伴うものかもしれない。
主郭から東へ伸びた尾根には二条の堀切を設けて遮断する。南背後は急斜面で、北側は緩いが、堀などは見当たらない。
金龍寺の裏側に登口がある。裏手に回り込むと案内板があり、そこから細い山道を登って行けば主郭に達する。
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