築城年代は定かではない。西原氏の城とされる。
『土佐名家系譜』によれば西原氏の本国は紀伊国日高庄で本姓菅原氏。初代は吉村左衛門藤原清延で文明年間(1469年~1487年)に土佐にきて一条家に仕え、のちに西原氏を称して藤原姓を賜るとある。
明応元年(1492年)西原氏は土居へ移り、中江城を居城とした。
西原城は西原集落の南背後、標高424mの山頂に築かれている。
山頂の主郭Iを中心に北と西に曲輪を連ねている。主郭を含めて四段の曲輪が造成されており削平は丁寧である。
主郭Iは神社を祀っていたような痕跡があり、土塁の両脇に灯籠か駒犬などを置いたような巨石が配置されている。社の痕跡は見当たらないが配置からすると土塁の上だろう。土塁周辺には人頭大の石が多く転がっているが積まれているところは確認できない。
主郭から南東に伸びた尾根には二重堀切1があり、その先に浅い堀切2を設けている。一方、尾根先側は切岸下方に緩斜面が拡がっているが特に堀切や竪堀などの構築は見当たらない。
西原集落の西のはずれに文殊堂があり五輪塔群が祀られている。
地元の方は城跡があるのはご存知であったが登った事はないようだ。
特に整備された山道はないが、ちょうど地籍調査のためかまっすぐ登っているルートが仮払いされて歩きやすくなっていた。下のほうは雑木林であるが、途中からは植林された尾根で登りやすくなる。
車は文殊堂のところに駐められる。
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