土佐 窪川城とさ くぼかわじょう

城郭放浪記


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土佐 窪川城の写真
掲載写真数
形態
山城(372m/160m)
別 名
久保川城,茂串城,茂串山城
文化財指定
なし/不明
遺 構
土塁,曲輪,堀切,畝状竪堀群,竪堀,虎口
城 主
窪川氏(首藤山内氏)
歴 史

築城年代は定かではない。 城主は首藤山内氏で窪川とも称し仁井田五人衆なかで一番の勢力を誇った。

はじめ津野氏、後に一条氏に属したが元亀2年(1571年)山内宣秋のとき長宗我部氏に降った。文禄5年(1596年)宣秋は文禄の役で朝鮮で討死したという。

慶長6年(1601年)長宗我部氏が改易となり山内一豊が土佐に入国すると、その重臣林勝吉が五千石を賜り窪川に入部した。林氏は山内一豊から山内姓と一の字を賜り山内伊賀守一吉と称した。この林氏の時代には窪川城ではなく対岸に虎渓山城を築いて居城とした。

説 明

窪川城は四国霊場37番札所岩本寺の南背後に聳える標高372mの茂串山に築かれている。 城址は四国霊場ミニ八十八箇所巡りコースとなっているが、近年は余り使われておらず、山道も荒廃してきている。

主郭は山頂にあり土塁囲みで広く、西に虎口を開く。西から北にかけて土塁囲みの曲輪が続いており、北端には虎口らしき地形が残る。主郭の東下は空堀に土橋が架かり、そこから東尾根の曲輪へと繋がる。この東尾根の曲輪の虎口は食い違い虎口で、その先の尾根は二重堀切で遮断している。

主郭の北東斜面や南、南西斜面辺りにはやや大きめの連続竪堀が残されている。

案 内

岩本寺の西に三熊野神社の参道入口がある。登山道はこの熊野神社から南の谷沿いに登っていくルートが直接主郭の北側に出ており、これを登るのが簡単である。もう一つは熊野神社から東へ進むと窪川家老山内家の墓所があり、この近くにミニ八十八箇所巡りの道標が出ている。このルートも途中で道がわからなくなっている。

最寄り駅(直線距離)
1.0km 窪川駅
3.2km 若井駅
5.2km 仁井田駅
7.2km 六反地駅
7.3km 家地川駅
所在地/地図
高知県高岡郡四万十町茂串町
GPSトラックデータダウンロード :[KML形式 ][GPX形式 ]
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8.3km 土佐 市生原城
最終訪問日
2015年12月
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