詳細不明。沢根本間氏の城。『日本城郭大系』によれば沢根本間氏は本間氏一族ではなく、在地武士であったという。
天正14年(1586年)豊臣秀吉から佐渡平定を命ぜられた上杉景勝が佐渡に軍勢を上陸させたのは天正17年(1589年)であった。このとき先遣隊が上陸したのが沢根城とされ、沢根本間氏は上杉氏に従っていた。
佐渡に上陸した上杉軍は6月16日に羽茂城の羽茂本間氏を攻めてこれを落とし、7月7日には河原田城の河原田本間氏を攻めて敗った。
沢根本間氏はそのまま上杉氏に仕え、会津、米沢に移って米沢藩士として続いたという。『慶応元年分限帳』には中條豊前組に属する沢根左膳500石がいる。
沢根城は長安寺の北にある日本海に面した丘陵に築かれていた。
お寺の方に話を聞いたところ、城跡はタバコ畑として開墾されて荒廃しているとのことで城内は見ていない。長安寺は城の裏鬼門に建立されたという話であった。