近江 尾上城おうみ おのえじょう
△トップに戻る
文治年間(1185年〜1190年)に浅見実勝によって築かれたと云われる。
浅見氏は湖北の有力国人となったが、浅見俊孝のとき浅井亮政によって攻められ高島新庄へ退いたと云われる。
尾上城のあった場所は詳らかではないが、近世の有力者であった「滝本藤太夫」の屋敷付近が尾上城の跡だと云われている。小江神社の西側一帯で、かつて礎石が十二個並び、「十二石」あるいは「城ヶ石」と呼ばれていた。