元禄11年(1698年)溝口宣就によって築かれた。 横田溝口氏(切梅溝口)は寛永5年(1628年)越後国新発田藩三代溝口宣直が、弟溝口宣秋に六千石を分与して切梅に陣屋を構え交代寄合となったことに始まる。
二代宣就の時、陸奥国岩瀬郡に五千石を領して横田陣屋を構えて移り、以後明治に至る。
横田陣屋は護真寺の西にあり、現在は個人の宅地となっている。 個人宅であるのでどの程度の遺構が残っているのかは定かではないが、「横田陣屋の御殿桜」が市指定天然記念物に指定され、その案内板が建っている。
護真寺の参道入口付近に周囲の史跡の案内板が建っている。
最寄り駅(直線距離)