築城年代は定かではないが長沼氏によって築かれたと云われる。
長沼氏は下野小山氏の一族で小山政光の子宗政が下野国芳賀郡長沼に住んで長沼氏を称したことに始まる。
長沼氏は源頼朝による奥州藤原攻めで功を上げ、会津の長江庄や岩瀬郡西部を与えられた。正和3年(1314年)長沼宗秀がこの地に下向して長沼南古館を築き、その後長沼南北館を築いて移ったという。
長沼南古館は江花川による河岸段丘の上に築かれている。
昭和に圃場整備に伴う発掘調査が行われており、調査後消滅する予定であったが、長沼北古館は消滅したものの、南館は現状保存されることになり、平成になって県指定史跡に指定された。
南側に案内板が設置されている。国土地理院地図の1974-1978年の航空写真では圃場整備前の状態が確認できる。