詳細不明。永禄年間(1558年~1570年)の城主は遠山左京進と伝えられる。
中西城は国道418号線沿いにある南へ伸びた丘陵に築かれている。
北尾根を大堀切1で遮断して南側を城域とした城で、南北に長い曲輪Iは北端に土塁があり、南はやや細くなっている。西下には広い曲輪IIがある。
虎口ははっきりしないが、現状では曲輪II南端から土塁スロープ状になった坂道を経て曲輪Iの南端に登っている。また曲輪IIから北へ通路があり、墓地跡の空間Aを経て曲輪Iの北端あたりに登っていた可能性が考えられる。
地理院地図では西下に細い道があるように書いてあるが今はない 。南の民家か北西の民家のところから取り付くようになる。今回は北西の民家の方の了承を得て見学したが、城跡があるのはご存知であった。
車は国道沿いの余白に駐車可能。
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