築城年代は定かではない。
南北朝時代の延文5年(1360年)に菊池武安が仁比山城を拠点とすると、北朝方の宗経茂、高木貞房、龍造寺家経らが松崎城と横大路城に攻めかかっている。
元亀元年(1570年)豊後の大友氏が佐嘉へ侵攻したとき、戸次鑑連の軍勢が茶臼山(松崎城)に布陣し、龍造寺に従っていた勢福寺城主江上武種に対して大友に味方する勧告して味方に引き入れた。
松崎城は日の隈山の東の峰にある標高127mの山に築かれている。
主郭は山頂にあり南北に長い曲輪で土塁が巡り南端に虎口がある。主郭の北と東下に土塁の付いた腰曲輪があり、南端から南西と南東尾根に伸びた尾根には段々と腰曲輪を連ねている。
南西尾根は現在の登山道がある尾根で、途中に一箇所堀切がある。南東尾根は上善寺城塞に繋がる尾根である。
日の隈公園に駐車場があり、東側に案内板が建っている。登山道入口は池の東側を進んで行った所にある。
最寄り駅(直線距離)