築城年代は定かではないが永禄2年(1559年)頃に竹原四郎義国によって築かれたと云われる。竹原氏は常陸大掾氏の一族で大掾貞国の弟である。
天正18年(1590年)佐竹氏が常陸平定を目指し、大掾氏の本城である府中城を攻略。大掾清幹も自刃して滅亡した。この戦いで竹原義国も討死したという。
竹原城は園部川に面した微丘陵地に築かれている。
一段小高くなった所が本丸で北側に案内板が設置されている。曲輪の中は小さく二段程になっており、土塁も残っている。北へ続く果樹園の中には空堀と土塁が残されており、複郭の城であったようだ。
北側に少し離れた所にある羽黒古墳の駐車場が利用できる。城内へは果樹園の農道が付いている。
最寄り駅(直線距離)