越後 芹川城えちご せりがわじょう
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築城年代は定かではない。南北朝時代には大島氏の居城であったが、正平20年・貞治4年(1365年)に南朝方として上杉氏と戦って敗れ大島氏は滅亡したという。
戦国時代には五十嵐上総之助の居城であったが、慶長3年(1598年)上杉景勝の会津転封に従い廃城となったという。
芹川城は大潟を利用した要害であったと伝えられるが、現在は水田や宅地となっている。明治時代に本丸に石碑が建てられ、それが現在も水田のなかに残されている。