詳細不明。城主は三村行清と伝えられる。
片岡城は備前片岡駅の南方にある九十九山の南にある標高126mの山に築かれている。
中世北麓の水田地帯は海であるが、片岡城は谷筋の奥正面に位置している。北には九十九山、東にも高い山があって視界は遮られており、展望は良くない。
片岡城は東西2つの峰を結ぶように曲輪が連なっており、西の曲輪Iが主郭となる。 東峰の曲輪IIもやや高く、鞍部にある曲輪IIIが一番低くなっており、主郭I、IIから段々に曲輪が造成されている。
主郭の北下には腰曲輪IVがあり、その周辺に畝状竪堀群2がある。
主郭Iの南下には二段の腰曲輪V、VIがあり、曲輪VIは西辺に土塁を伴う。東下にはスロープがあり、南端に竪堀4を伴うが、構造から虎口に関連する通路と思われる。南尾根には堀切3がある。
曲輪IIの北側面には畝状竪堀群1があり、放射線状に長く伸びている。竪堀の起点は切岸直下から始まるものと、途中から始まるものがあり、放射線状に拡がる竪堀の間を埋めるように設けられている。
城の虎口は明確ではない。曲輪IIIの南側には南側面につづら折れで降りて行く山道がついているが、本来の城路とは考えにくい。有力なのは北の谷筋を登ってくるルートで、北側面には帯曲輪状地形が多段に設けられているが、荒れておりはっきりしない。
北の集落から由加山に続く道を進むと城の東側の溜池の土手道に至る。この土手道の正面から山に取り付いて北東尾根に回り込むと竪堀の下にでてくる。
車は土手道の入口脇に駐車可能。
最寄り駅(直線距離)