『芸藩通志』では「牛頭山 養山 並に小河内村にあり、共に大永年間、武田刑部が弟、小河内彌太郎これに居る、天文年間、亡といふ、」とある。
牛頭山城は標高689mの牛頭山西峰山頂に築かれており、現在は登山道が整備されている。
牛頭山城は山頂を中心に北西と南東に伸びた尾根に曲輪を展開している。主郭は山頂にあって高い切岸となるが、南の二郭側には石が点在しており、石積があったのかもしれない。南東下に広い二郭があり、主郭との間には堀切があって西端が土橋となる。堀切はそのまま竪堀として伸び、主郭の東側面にある畝状竪堀群2を構成する。西側に残る土橋は登山道として使われ、主郭へと登ることになるが、ここが本来の虎口の可能性も考えられる。
主郭から南東に伸びる尾根には曲輪II、III、IVと無数の小さな平段が連なっており、途中に土橋が架かる堀切1がある。
一方、北西尾根側にも曲輪V、VIとあり、その途中には曲輪とはみなし難いが石積みされたところがある。
高い山のわりに城域は広く、時間がなくて未調査となったが、南西に伸びた尾根にも遺構がある可能性がある。
登山道入口は北東側にある「広島市青少年野外活動センター」の一角にあり、駐車場も利用できる。
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