築城年代は定かではないが応永年間(1394年〜1428年)鈴木左京進重勝によって築かれたと云われる。鈴木重勝は足助重春の一族と云われる。
その後、代々鱸氏(鈴木)が続いたが、文亀2年(1502年)鱸(鈴木)藤五郎親信のとき、市場城を築いて居城を移した。
市場古城は本城小学校の北にあり、東へ向かって舌状に伸びた丘陵に築かれている。
主郭は「フルシロ」と呼ばれる東西100m程の曲輪とみられ、東西両端に高土塁を残し、南に向かって階段状の地形が付いている。
東の高土塁の外側は堀切で、東に社の祀られた曲輪が続き、更に堀切で区画して東端の熊野神社の境内に至る。
本城小学校前から東へ進むと東端部に熊野神社があり、その境内脇から山に入っていくことができる。