『愛媛県中世城館跡』によれば天正4年(1576)に長宗我部軍が橘城を攻めるときに築城したという。
向城は粟太郎川とその支流が合流する地点の南側の尾根に築かれている。
主郭Iは南端に幅広の高土塁が櫓台状になっており、ここに石碑がたっている。 主郭の北下には北半分を覆うように帯曲輪IIがある。主郭の背後は堀切1で遮断し、帯曲輪IIの南西端は竪堀2を設けているが、南東端には竪堀がない。
主郭部I、IIから北西に伸びる尾根に曲輪群IIIがある。四段あるが上から二段目は削平しておらず自然尾根になっている。北端に堀は確認できない。
主郭背後の堀切の南側も加工された地形になっているが、後世の改変のようで、南に旧道?が隣接する。
城の南側をとおる車道から降りて行くと城域になる。少し手前に駐車可能な余白がある。
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