築城年代は定かではないが建武年間(1334年〜1338年)田島氏によって築かれたと云われる。 田島氏は伊東祐時の子祐明が田島庄の代官として居住したため田島氏を名乗ったことに始まる。
伊東義祐は天文21年(1552年)京都金閣寺に模した金柏寺を建立するなどその栄華を誇ったが元亀3年(1572年)木崎原合戦で島津氏に大敗すると天正5年(1577年)一族を率いて豊後国大友氏を頼り落ち延びた。 その後、佐土原城は島津義久の弟家久が城主となったが九州征伐の後に急死した。 家久の子豊久が継いだものの関ヶ原合戦に参戦し義弘の退却戦で殿を勤め戦死、一時天領となった。
慶長8年(1603年)島津以久が三万石で垂水から入封し寛永2年(1625年)2代忠興の時、山上を廃して山下に居城を移し御殿が建てられた。明治2年(1869年)島津忠寛のとき広瀬へ移り廃城となった。
佐土原城は標高75mの山を主郭とする平山城で現在は国指定史跡となり、麓の御殿が復元されている。
山上部分も遊歩道が整備されているが、近年の大雨の影響か通行止め区間も多くなっている。
御殿(復興 御殿)
無料の広い駐車場があり、復元された御殿も見学は無料である。ただし土日祝しか開館していないので注意が必要である。
最寄り駅(直線距離)