日向 穂北城ひゅうが ほきたじょう

城郭放浪記


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日向 穂北城の写真
掲載写真数
形態
山城(130m/100m)
別 名
なし
文化財指定
なし/不明
遺 構
土塁,郭,堀
城 主
長倉洞雲斎,平田宗張
歴 史

築城年代は定かではない。

天文・永禄年間(1532年〜1570年)頃の城主は長倉藤七(洞雲斎)で伊東氏四十八城の一つに数えられた。

天正5年(1577年)伊東義祐が島津に追われて豊後へ逃れるとき、財部城の落合民部少輔に阻まれたため、穂北城の長倉洞雲斎に助けられて米良を経て豊後へ落ちていった。

島津氏が日向に入った後は平田新左衛門宗張が城主となった。

説 明

穂北城は一ッ瀬川北岸にある台地の南端に築かれている。現在は一部が公園として整備されている。

穂北城は台地の南端に深い空堀で区画された群郭式山城で、現在曲輪2(西ノ城)が公園として整備されている。主郭は南端の大きな三つの曲輪群で、南東の曲輪1(榎ノ木城)、その西に曲輪2(西ノ城)、その北の曲輪3(中ノ城)から成る。

曲輪2と曲輪1との間は二重堀になっているが、西側は曲輪2に向かって登っていく道になっている。南端からは曲輪1へ続く道があり虎口へ繋がる。曲輪3の東端に曲輪1と繋がる土橋があり、曲輪1は土橋に虎口を開いている。

主郭部の北にある曲輪6,5,4はそれぞれ北に土塁を設け、南と北側に深い空堀が付いている。

案 内

公園の駐車場近くに無線塔が建っており、これを目指して行くのが良い。県道313号線から西へ入って行くと道標が出ている。(地図)

所在地/地図
宮崎県西都市大字穂北字上野
付近の城(直線距離)
1.6km 日向 千田城
2.1km 日向 山城
6.1km 日向 有嶺城
6.1km 日向 三納城
7.1km 日向 高城城
7.7km 日向 松山塁
9.4km 日向 高鍋城
9.5km 日向 都於郡城
最終訪問日
2014年2月
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