丸山代官所はいわゆる武家による代官所ではなく、大山寺領三千石を管理した代官所である。 江戸時代初期の二代将軍徳川秀忠より寺領三千石を賜り、西楽院が本坊として寺領を管理した。しかし、大山寺のある所は雪深い地であったため、冬期はこの丸山代官所で政務が行われ、明治初年まで続いたという。明治10年西楽院の取り壊しにより、丸山代官所も取り壊されたという。
丸山代官所は旧県道36号線から少し北に入った所に築かれていた。 旧道沿いに代官所の道標が出ていたので見に行った所、案内板と石碑が建っていた。
丸山の集落の東よりに位置する。旧県道沿いに色々道標が付けられており、その一つが代官所である。
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