築城年代は定かではないが天正13年(1585年)頃に築かれたとみられている。
天正13年(1585年)羽柴秀吉による佐々成政征伐で、秀吉が白鳥城に本陣を布いた際に、白鳥城にいた前田氏の家臣岡島一吉が安田城に移っており、築城もこの頃と見られている。
岡島一吉が金沢へ退いた後は代官平野三郎左衛門が居城し、後に廃城となった。
安田城は白鳥城の南麓、井田川の西岸に築かれている。 複郭の平城で、南北に本丸、二の丸と並び、二の丸の西に右郭と三つの曲輪で構成されてる。
日本城郭体系によれば、畑として利用されていた本丸と二の丸がわずかに残っている程度とみられていたが、圃場整備計画による発掘調査によって濠や土橋などが検出され、安田城古城図と一致する構造が検出され、国指定史跡として保存整備されるに至った。 中世城郭の平城が複郭で濠まで復元整備されている例は珍しく、貴重な城跡である。
本丸は方形で四方に土塁が巡る。土塁はかなり幅広に復元されている。南に虎口を開き土橋で二の丸と連結されている。
二の丸は本丸に隣接する北側には土塁がなく、その他三方に土塁を巡らせている。南と西の右郭に土橋を架けている。
右郭は二の丸の西にあり、南北に長い曲輪で本丸、二の丸に隣接する東側には土塁がなく、西側に土塁を設けている。
隣接するように「史跡安田城跡資料館」が設けられ出土した遺物などが展示されているようであるが、残念ながら開館時間内に時間が合わず見学できなかった。
最寄りのicは北陸道富山西ic。県道62号線と県道59号線との安田交差点から南へ、この辺りから道標があり、「史跡安田城跡資料館」の隣に駐車場がある。
「史跡安田城跡資料館」は入館料無料で、開館時間は午前9時から午後5時(入場は午後4時30分まで)、休館日は毎週月曜日(月曜日が国民の祝日のときはその翌日)、国民の祝日の翌日、年末年始(12月28日から翌年の1月4日まで)
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