掲載写真数
形態
山城(430m/80m)
別 名
野山城
文化財指定
なし/不明
遺 構
石垣,土塁,郭,堀
城 主
野山氏
歴 史
文明15年(1483)野山庄勝によって築かれと云われるが定かではない。
野山氏は伊達弾正朝義が備中国野山荘の地頭として入部し
伊達弾正館を居城としたことにはじまる。
戦国時代は大内・毛利氏に従い城主野山益朝は尼子、宇喜多氏との戦いに軍功をあげたという。
説 明
大和佐山城のある大和山から南に派生した小山の頂部にある。
主郭は二段で石垣の残る段を取り巻き一部土塁が残る。
その下の曲輪も周囲を取り囲み、北側の尾根に続く虎口には三角形の形をした高まりがある。石垣は神社かなにかの基壇のようである。
北へ続く尾根には堀切がなく、西側と東側に堀切がある。
頂部とその南側に社が設けられており、南側には竪堀のようなものが確認できるがおそらく参道跡と思われる。
余談だが城郭体系388の野山城に該当するのがこの城郭で、376小和田城は別にあると思われるが場所がわからない。
案 内
南側からよじ登ったのだが北側の尾根の先から城内に道が通じている。山道は東西に分かれ、東側から下りてきたが途中十字路となり車を止めた方に無理矢理下りてしまったのでどこから通じているのか不明。
案内板は南側の妙本寺前、県道57号線と県道472号線の交差点の北の細い道沿いにあった。最寄り駅(直線距離)
7.8km 木野山駅
8.1km 備中高梁駅
所在地/地図
最終訪問日
2007年11月