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写真館(21枚)
- 史跡指定
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市指定史跡
- 別名
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手の庄城
- 形態
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山城(420m/-)
- 歴史
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築城年代は定かではないが元弘年間(1331年〜1334年)以前に安藤元理によって築城された。
元理は北条氏からこの地を宛がわれたが、元弘の乱(1333年)で敗れ六波羅北条仲時とともに自刃した三十二人の一人という。
戦国時代には松山城の三村氏の支城となっていたが、毛利氏が宇喜多氏と結んだことで、三村氏は毛利氏と敵対する事となった。
毛利氏は三村氏を討伐するため、小早川隆景を主将として三村政親が籠る国吉城に攻め寄せ、善戦するも落城しこれを足掛かりに松山城に攻め寄せた毛利軍は三村氏を滅ぼした。
その後は毛利氏家臣の口羽春吉が入城する。
関ヶ原合戦後、毛利氏が防長に減封となると糟屋武則が入封する。
慶長16年(1611年)幕府直轄領となり廃城となる。
- 説明
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北から南に突き出た山塊に南北に曲輪を配置している。
北の端には土塁が残っており、中央に社がありそこから南に向けて数段の曲輪がある。周囲は竹薮となっているが南側には一部刈り取って道があり、それを降りた所にも曲輪があり石碑があった。一段下がって西側から南へ向けて馬場と呼ばれる段があるらしいが、竹薮に埋もれ確認できなかった。
- 城主
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安藤氏,三村氏,口羽氏,糟屋武則,糟屋安長
- 案内
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国吉城公園(城山公園)として車で近くまで行く事ができる。
- 所在地
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岡山県高梁市川上町七地
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※距離はおおよその直線距離です。 海・川・山などの地形および交通手段は全く考慮していません。
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- 最終訪問日
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2007年11月
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