詳細不明。
丸山城は内田城から野根川を挟んだ南西の丘陵に築かれていたという。
『高知県中世城館跡』には簡易の縄張図が記され、詰、堀、土塁、石垣、礎石、通路の遺構があるとするが、現状では城郭遺構は認められない。
丸山城跡とされる山は標高91mほどで山頂部は東西に長い。山上は比較的なだらかな地形になっており、山頂部から東側山腹にかけて人工的な遺構が拡がっている。
通常の山城だと主郭となる山頂部は地山のままで加工されておらず、東端部を削り込んで広い削平地を設けている。前述の縄張図では東端に土橋の架る堀が描かれているが、確認できない。
東山腹には石積された削平段がやや間隔を開けて設けられ、中央には山道がつけられている。これらの段は畑跡のようである。
東端麓から山に入る小道がある。
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