築城年代は定かではない。 城主は一色左京太夫、坂根修理亮、三上氏などが伝えられる。
佐武ヶ嶽城は西舞鶴駅の東方に聳える標高291.2mの山頂から西へ派生した尾根の先端、標高240m程の佐武ヶ嶽山頂に築かれている。
佐武ヶ嶽城は山頂の主郭を中心に東に一段、西に一段の曲輪を持ち、そこから南西、東へ伸びた尾根を堀切で遮断、南側には土塁と連続竪堀を設けて防御している。
主郭は北を除く三方に土塁が巡る。主郭の東下には同じく東と南に土塁を設けた曲輪があり、北に一段低く虎口のような地形になっている。主郭の西下の曲輪は土塁が付いていない。
南西に伸びる尾根は五条の堀切、東尾根は三条の堀切で遮断し、南山腹にはしっかりした連続竪堀を設けて防御している。
『京都府中世城館跡調査報告書』に掲載されている縄張図には描かれていないが、北の朝禰神社から登ってくる途中の標高120m付近の尾根に階段状に削平された曲輪群があり、斜面には竪堀が残っている。ここから山頂までの間は自然地形で遺構は見あたらない。
登山口は北麓にある倉谷集落に朝禰神社の参道で、一応案内がなされているが道は整備されたものではなく、マーキングテープを頼りに登っていくような道である。(神社駐車場の地図)
神社へ向かう階段が左へ曲がる所を真っすぐ登っていくと二基の鉄塔の間に出て、そこから北尾根を登っていく。
最寄り駅(直線距離)