掲載写真数
形態
山城(312m/130m)
別 名
なし
文化財指定
国指定史跡
遺 構
石垣,土塁,郭,堀
城 主
鈴木出羽守
歴 史
築城年代は定かではないが鈴木出羽守によって築かれた。
鈴木出羽守は加賀一向一揆白山麓山内衆の総大将として築城し、織田信長による加賀侵攻に対抗した。
天正8年(1580年)柴田勝家によって攻められ
二曲城とともに落城、鈴木一族は滅亡した。
勝家は鳥越城に吉原次郎兵衛、
二曲城に毛利九郎兵衛を置き固めたが、白山麓一向一揆の抵抗は続き天正9年(1581年)に奪還された。
しかし、天正10年(1582年)織田信長によって一向一揆の掃討作戦が行われ、佐久間盛政によって鎮圧、門徒ら300人が磔に処せられた。
説 明
北西に張り出した城山の山頂にあり、現在は国指定史跡として門などが復興され整備されている。
本丸は南に石垣固めた桝形虎口を設け南東隅に櫓台が残る。その北側は空堀を隔てて後二の丸があり北面に土塁を配している。
更に北側に後三の丸があり、その東側は空堀となる。
本丸の南には二の丸があり、ここも復興門が建てられており、そこから南西面にある腰曲輪に降りる坂道にも石積がある。
二の丸から南東に伸びる尾根に堀切を隔てて三の丸があり、その先にも堀切を越えて土塁で固めた曲輪がある。
これより先はなだらかな斜面を降って広い平坦面となり峠道に出る。
案 内
城山の西側の道から城址まで車道があり、車で登ることができる。
国道360号線沿いにある道の駅「一向一揆の里」の近くに一向一揆歴史館があり、そこに無料の資料が置いてある。(ただし入館は有料)最寄り駅(直線距離)
8.4km 加賀一の宮駅
9.1km 中鶴来駅
所在地/地図
最終訪問日
2007年4月