築城年代は定かではない。延徳元年(1489年)佐竹領に伊達・葦名・白河結城の連合軍が侵攻し、この館の下あたりで「深木の戦い」が起こったという。この戦いの時期に佐竹氏によって築かれたと考えられている。
十殿坂館は細田東にある白羽神社の東背後の山に築かれている。
単郭の城で東尾根は二重堀切で遮断、西尾根も一条の浅い堀切がある。曲輪は最高所に削平の甘い曲輪があり、南側に三段程の帯曲輪が付く。北側面は急斜面であまり防御の必要がない。
白羽神社から谷沿いに入って行く道がある。谷間の奥から背後の尾根によじ登れば堀切がある。