築城年代は定かではないが大永年間(1521年~1528年)に問注所親照によって築かれたと云われ、問注所氏の居城であった。
問注所氏は大友氏に従って大友氏に敵対する秋月氏と争ったが、親照の子重直のときに井上城を攻め落とされ長岩城へ本拠を移したという。
井上城は耳納山脈の東端付近、標高170m付近に築かれている。現在は果樹園になっており近くの道路から遠目に見たのみ。
東に井上城、西に西ノ城と呼ばれる遺構が近接してあり、一つの城との見方もある。
井上城は現在主郭部分は遠目に見ても曲輪と認識できる程度に残存しているが、周囲は果汁園として造成されており、唯一尾根側に堀切ではないかと思える溝があって農道になっている。
舗装された道が南側を通っている。
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