詳細不明。城主は武田弾正と伝えられ、銀山城主武田氏の一族と見られている。
岳城は阿戸・伴・久地の境に位置する標高521.5mの岳山山頂に築かれており、現在は登山道が整備されている。
西端の三角点のある主郭から東端の曲輪まで東西約250mの規模である。 西端の主郭Iから東端の曲輪群IVまで概ね4つの曲輪に分ける事ができるが、途中に明確な堀切はなく、自然地形に近い尾根で接続している。曲輪IとIIのあたりは南端が武者走りとして確保されていて東西に行き来ができるようになっている。また地形的制約があるものの、北に向かって段を重ね、唯一の堀が北側面にあることなどから北から攻撃されることを想定した構えになっている。
主郭は西端のI1で南西背後の尾根を下ると姫路峠に至るが、この尾根を遮断するような明確な遺構は確認できない。一方北側側面に畝状竪堀群2が確認できる。山仕事にともなう地形と思い図化していないが、北に伸びる尾根には若干の加工を伴う地形が続いている。
曲輪群IIはL字型となるが主郭より削平も甘く北は傾斜する。北東側に向かって小さな平段が続くが下方は山仕事にともなう地形になる。
曲輪IIIはほぼ自然地形の尾根で、東端が土橋状地形で南側に幅広の竪堀状地形が落ちており、堀切1のような雰囲気があるが、遺構かどうかは明確ではない。
東端の曲輪群IVは西端のIV1が現在展望所として整備されている。岩を挟んで東側はやや自然地形の尾根であるが、東端部IV2のあたりは削平されて段加工が確認できる。この先の尾根も堀切などは確認できない。
登山道はいくつかあるが、東麓高速の側道沿いにある境原ルートがわかりやすく、登山口に駐車可能。県道38と77の戸山別れ交差点を戸山方面に入ったところに登山ルートの案内板がある。
最寄り駅(直線距離)