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写真館(92枚)
- 別名
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霞ヶ城,白旗城,霧ヶ城
- 形態
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平山城(345m/120m)
- 説明
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応永21年(1414年)畠山満泰によって築かれた。
畠山氏は足利尊氏が奥州管領として吉良貞家と供に下向させた一人で畠山氏は安達郡の西半分を吉良氏は東半分を領した。
しかし、観応の擾乱が勃発すると畠山高国・国氏父子は吉良貞家に攻められ利府城で自刃したが国氏の子国詮が会津に逃れ後に本領を回復した。
天正13年(1585年)畠山義継は伊達氏に降伏し、取り成してもらったお礼の為に伊達輝宗(政宗の父)の所に出向いたが義継は輝宗を拉致する。
政宗はこれに対して輝宗と供に畠山一行を鉄砲の餌食とした。
政宗は二本松城を落とし片倉小十郎、後に伊達成実を城代として置いた。
会津が伊達氏から蒲生氏、上杉氏、加藤氏と替わるにつれそれぞれの城代が置かれたが寛永20年(1643年)白河から丹羽光重が入封し城を大改修した。
丹羽氏は11代続いて明治に至る。
- 城主
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二本松畠山氏,伊達氏,蒲生氏,上杉氏,蒲生氏,加藤氏,丹羽氏
- 所在地
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福島県二本松市郭内3
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※距離はおおよその直線距離です。 海・川・山などの地形および交通手段は全く考慮していません。
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- 最終訪問日
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2006年5月
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