あき・ひげつじょう

安芸・日下津城
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  別名  
坂城
  形態  
山城(298m/100m)
  説明  
築城年代は定かではないが観応元年・正平5年(1350年)以前に毛利親衡によって築かれ匡時の代から坂氏を名乗り代々居城した。
観応3年・正平7年(1352年)の観応の擾乱において親衡・匡時父子は南朝に属したため北朝方の安芸守護武田氏信に攻められるが約半年籠城し南朝方の直冬の援軍がくるまでよく凌いだ。
大永2年(1522年)毛利氏が大内氏から尼子氏に属した後も坂広時は、大内方に留まることを主張しまた為、尼子経久から坂氏の攻撃を迫られた毛利元就は、やむなく日下津城を攻め広時を自刃させた。
坂広秀は大永3年(1523年)毛利元就が宗家を相続するにあたっては郡山入城を要請する書状に連署した重臣の一人であったが翌大永4年(1524年)には元就の異母弟相合元綱を担いで宗家を乗っ取ろうとするが失敗し謀殺された。
広秀の後は坂氏庶流の志道広良の子元貞が坂氏を継いだ。
城は南の山から北に突き出てさらに西に向かって延びた尾根を堀切で独立させ山頂に主郭を置き西に向かって7段の曲輪を配している。
主郭付近には石が散在しているので石塁を築いていたかもしれない。 物見の段の下の曲輪には土塁が良好に残っている。

県道37号線のJR向原駅前付近から県道29号線を走ると南側に高さ50センチくらいの石柱があり日下津城を案内しているが見落としやすい。そこから橋を渡り突き当たりの中央車線のある広い道に出て右に曲がると登城口に案内板がある。
ここから少し登り古い石塁のある空き地に出るとその奥(小川がある)から城址に向けて登る道がある。 最初の分かれ道をまっすぐ行くと背後の堀切から本丸へ。 右に行くと物見の段にたどり着く。
  城主  
坂氏(毛利氏)
 所在地 
広島県安芸高田市向原町坂
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※距離はおおよその直線距離です。
海・川・山などの地形および交通手段は全く考慮していません。



最終訪問日
2006年2月

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