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伊賀国府国史跡
三重県伊賀市坂之下東山道に位置する東海道は、格付けでは下国・近国である。
伊賀の国府は阿拝郡に置かれていた。現在の伊賀市坂之下の辺りで、平成元年から平成6年までの発掘調査で国庁の遺跡が見つかった。
国庁は4...
伊勢国府国史跡
三重県鈴鹿市広瀬町東海道に位置する伊勢国は、延喜式の格付けでは大国・近国である。
伊勢国府は鈴鹿市と亀山市の境付近にある長者屋敷遺跡と呼ばれていた遺跡が政庁跡であることが確認された。この政庁跡は奈良時代中期のもの...
伊勢国分寺国史跡
三重県鈴鹿市国分町伊勢の国分寺の創立年代は定かではない。
伊勢国分寺の伽藍配置は南門、中門、金堂、講堂、僧坊、北門が南北に一直線に並び、中門と金堂が回廊で結ばれていた。塔跡は確認されていない。
伊賀国分寺国史跡
三重県伊賀市西明寺伊賀国分寺は東西約220m、南北約240mの規模で、講堂跡、金堂跡、中門跡が南北に連なり、基壇がわずかに土壇状に残っている。
志摩国分寺県史跡
三重県志摩市阿児町国府志摩国分寺は志摩市阿児町国府にあり、現在も志摩国分寺の境内である。
志摩国は下国で乏しかったことから、国分寺の建立と維持にあたって伊勢・尾張・三河から資金援助を受けていたが、大同4年(809年)には...
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