詳細不明。城主は大久保山城主とも云われる小倉播磨守、小倉玄蕃允などが伝えられる。
上宮津城は上宮津小学校の北東に聳える標高98mの城山山頂に築かれている。
主郭は山頂南端部の最高所で高い切岸が巡らされている。北尾根に続く二郭は南北に長く、北端に神社が祀られている。主郭の周囲は帯曲輪が巡り、二郭の西下から北側へと続いている。
大手川を挟んで南東にある盛林寺が小倉氏の菩提寺で、もともとは大久保城の近くにあったものが、慶長8年に上宮津谷に移り、貞享2年に現在の地に移ってきたものだという。このお寺には小倉播磨守の位牌をはじめ、細川忠興の妻ガラシャ(玉、明智光秀の娘)によって建立された宝篋印塔があり、明智光秀の首塚とされる。
東麓に参道の入口がある(地図)。この参道は神社に繋がり、そこからさらに山上に向かって山道が付いている。
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