丹波 島城たんば しまじょう

城郭放浪記


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丹波 島城の写真
掲載写真数
形態
山城(403m/200m)
別 名
なし
文化財指定
なし/不明
遺 構
石垣,土塁,郭,堀,井戸
城 主
川勝氏
歴 史

築城年代は定かではないが天文年間(1532年〜1555年)頃に川勝氏によって築かれたと云われる。一説に川勝越後守政行による築城と伝えられる。

川勝氏は秦河勝の後裔と称し光照の時代は今宮城を居城としてきたが、後に島城を築いて居城とした。川勝氏ははじめ足利将軍に仕え、織田信長の部将明智光秀が丹波へ侵攻するとこれに従って活躍、その後豊臣氏、徳川氏に仕え、江戸時代には旗本として存続している。

説 明

島城は宮島小学校の東に聳える標高403.7mの城山山頂に築かれている。現在は登山道が整備されている。

主郭は山頂にあり東西に長い曲輪で展望台が建っている。中央南に現在の登山道が付く入口があり、やや方形に窪んでいる。主郭から西へ続く小郭には石を用いた虎口があり、わずかに石積が残されている。主郭から東へ続く尾根は二条の堀切と北側に竪堀を置いて遮断している。

主郭から西へ続く尾根にあるのが城内で最も広い曲輪で、南側に削り残しの土塁を備えている。この曲輪の西下にある曲輪は周囲を土塁が囲み、北に虎口を開いている。虎口の先から西側斜面に連続竪堀を設けて横移動を阻止している。

北へ伸びた尾根にも土塁囲みの曲輪があり、南背後を堀切で遮断し西に長い竪堀を落とす。

主郭から南へ伸びた尾根には井戸のような穴が無数に開いており、それを下ると一段の曲輪が残る。この曲輪にも穴が開いている。

案 内

登山道は北麓にあり、歓楽寺から観光交流広場に向かう途中に案内板が設置されている。(地図)

案内板の周囲に駐車可能で、そこから登山道入口までの地図が載っている。

所在地/地図
京都府南丹市美山町島
GPSトラックデータダウンロード :[KML形式 ][GPX形式 ]
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最終訪問日
2014年3月
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