詳細不明。由利十二頭の一人信濃国佐久郡発祥の根井氏(ねのい)の城。
『続・東北の名城を歩く 北東北編: 青森・岩手・秋田(吉川弘文館)』によれば、俗に「根井六館」と呼ばれる城館群があり、一番はじめに築かれた城館とされる。
根井氏は仁賀保氏と矢島氏の対立のなかではじめ矢島氏に与していたが、最後は仁賀保氏方に転じ、矢島氏は滅亡する。豊臣秀吉による奥州仕置きで禰々井村169石余を安堵されたが、関ヶ原合戦後に最上領となる。その後の動向は不明であったが、江戸時代に生駒氏が矢島に入部したとき、遠藤氏を称して重臣として仕えた。しかし後に浪人となり帰農したという。
根井館は比高30mほどの独立丘陵で、現在主郭は新町八幡社の境内になっている。
山全体を城としていたようで、山頂部から山腹まで削平地が拡がっている。主郭となる神社から西へ伸びる尾根に堀切、さらに二重堀切がある。二重堀切は内側の堀は巻き込んで帯曲輪と接続するタイプで、内側の堀は通路を兼ねていたようである。
北側の参道入口に案内板があり、近くに駐車可能。
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