『芸藩通志』には「古塁 」大利原、草安、南門原、三村に跨る、應永中、石見の福屋木工丞、發坂城を改る時、築くと云、」とある。
案内板によれば、天文21年に石見の今市城主福屋木工丞隆次が発坂城主栗栖権頭親次を攻めたときに築いた城という。
大利城は廃校となった雲月小学校に隣接する丘陵に築かれており、現在は公園として整備されている。
単郭の城で主郭には展望台が設けられている。北東尾根は登山道で改変されているが堀切1があった痕跡がわずかに残る。南尾根の堀切2は規模が大きいが整備されていない。
北麓の道路沿いに案内板があり、そこから登る道が付いている。