築城年代は定かではない。佐々木氏の家臣小川主膳の居城で、元亀3年(1572年)に信長によって攻め落とされたと云われる。小川主膳の名は城郭大系では「正秀」、滋賀県中世城館分布調査では「秀康」である。
小川城は藤樹書院跡から西へ150m程の所に築かれている。現在宅地や水田になっているが、道路沿いに小さな立て札があり、北西部の土塁が残されている。 現在も末裔の方が住んでおられるようで、絵図が残されているという。
藤樹書院跡の北の交差点を西へ曲がり妙専寺の前を通って高島バイパスの方に向かう。バイパスの下をくぐる手前の民家の所に北側に土塁が見える。
最寄り駅(直線距離)