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写真館(1枚)
- 別名
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亀鶴三石城
- 形態
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丘城(211m/40m)
- 歴史
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築城年代は定かではないが延元年間(1336年〜1340年)土肥実重によって築かれたと云われる。
後に島津氏によって奪われ明応4年(1495年)伊東氏の所領となった。
天文3年(1534年)北郷氏が奪い天正15年(1587年)伊集院氏の所領となったが、庄内の乱の後、北郷氏の所領に復して元和の一国一城令によって廃城となった。
- 説明
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城山の山頂が城址だと思っていたのだが、後日そちらは狼煙台と伝えられており明瞭な遺構は残っていないという。
城の遺構は城山から西に張り出した尾根に残っていて、二条の空堀で区画した3つの曲輪が残っているという。機会があればまた訪れたい。
- 城主
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土肥実重,島津氏,伊東氏,北郷氏,伊集院氏
- 所在地
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宮崎県都城市山之口町山之口字大門
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- 最終訪問日
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2007年8月
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