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写真館(8枚)
- 形態
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山城(260m/50m)
- 歴史
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築城年代は定かではないが応永年間(1394年〜1428年)高木氏によって築かれたと云われる。
嘉吉元年(1441年)島津忠朝の所領となったが、明応4年(1495年)伊東氏の所領となった。
大永2年(1522年)山田城主北郷久家が攻め寄せたが、伊東氏が待ち構え久家を討ち取った。
豊臣秀吉によって九州が統一された後は伊集院氏の所領となった。
- 説明
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梶山小学校の北側に北郷久秀・忠通の墓がある。ここから北の丘へと道が続いているのだが、突然の豪雨により登ることができなかった。
- 城主
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高木氏,島津氏,伊東氏,北郷氏,伊集院氏
- 所在地
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宮崎県北諸県郡三股町長田字城内
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- 最終訪問日
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2007年8月
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