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写真館(25枚)
- 形態
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山城(115m/45m)
- 歴史
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築城年代は定かではないが建武3年・延元元年(1336年)頃に綾部幸郷・綾部幸依によって築かれたと云われる。
永正年間(1504年〜1521年)には九州探題渋川氏を追って大宰少弐武藤氏の所領となったが、元亀2年(1571年)滅亡した。
- 説明
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城は北から南に張り出した尾根にあり、頂部に南北に長い削平地を設け、中央部に空堀を設けて南北二郭となっている。
更に南側に二段の削平地が設けられているが、このあたりの切岸は結構崩れている。
主郭の北側を降りると折れのある土橋が北へのび、その東西両側にそれぞれ二条の竪堀を設けている。
北側の竪堀の起点は土橋と並行なり屈折させて落ちる構造である。
- 城主
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綾部氏
- 案内
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県道136号線から長崎自動車道の北側を通る側道を西へ、少し進むと高架下を潜る道と交差するが更に西へ、また少し行くと右側に谷間に田畑が作られている所があり、その先鋭角に曲る道があり、これを降りる。
この谷の西側の尾根が城址である。
- 所在地
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佐賀県三養基郡みやき町大字原古賀
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- 最終訪問日
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2008年2月
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