ひたち・かわわだじょう

常陸・河和田城
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河和田城の写真 写真館(28枚)
  形態  
平城
  歴史  

建武3年・延元元年(1336年)鍛冶貞国によって築かれたと云われる。 水戸城主大掾氏の家臣鍛冶貞国は後の川和田入道で、水戸城の支城として築いた。

嘉慶元年・元中4年(1387年)鎌倉公方足利氏満に叛いて滅亡した小山義政の子が、一族とともに挙兵した難台山合戦では、大掾氏の当主が幼少であった為、十分な働きが無く、このため河和田城は江戸通高に与えられた。

応永33年(1426年)江戸通房は、水戸城主大掾満幹が府中城に赴いた留守中に水戸城を占拠し、江戸氏は水戸城を居城として春秋氏を河和田城主とした。

  説明  

城は河和田小学校・天徳寺・報仏寺一帯で、本丸は前記3つの中央付近にあった。石碑と案内板が河和田小学校にあり、付近の道路沿いには土塁や空堀がいたるところに残っている。

  城主  
鍛冶貞国(川和田入道),江戸氏,春秋氏
 所在地 
茨城県水戸市河和田
付近の城址
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9.4km 常陸・武田氏館

※距離はおおよその直線距離です。
海・川・山などの地形および交通手段は全く考慮していません。



最終訪問日
2008年5月

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