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写真館(36枚)
- 形態
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平山城
- 説明
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応永元年(1394年)木付頼直によって築かれた。
頼直は海と断崖に囲まれた台地に築城し竹ノ尾城から移った。
築城当初は台山城と一体の縄張であったが江戸期に入って杵築城が中心となった。
天正15年(1587年)島津義弘の部将新納武蔵守の攻撃を受けたが落城せず逆に羽柴秀吉の援軍が到着することを受け撤退する島津軍を木付鎮直が追撃し大打撃を与えた。
文録2年(1593年)大友義統が秀吉によって改易されると義統に従って出陣していた木付統直は帰国途中に自刃し、それを聞いた父鎮直も自刃して果て木付氏は17代で滅亡した。
その後は、前田玄以、杉原長房、細川忠興、小笠原忠知と相次いで入れ替わり正保2年(1645年)能見松平英親が三万二千石で入封し明治に至る。
木付と書かれた地名が杵築に変わったのは正徳2年(1712年)6代将軍家宣下賜の朱印状に杵築と書かれていた為、その後幕府に伺いをたて杵築に改められた。
現在天守が建てられているが見るべきものはあまりない。しかし川の対岸から見るその姿はなかなかいい。
- 城主
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木付城,台山城,臥牛城,勝山城
- 所在地
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大分県杵築市大字杵築
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付近の城址
2.2km 豊後・台山城
9.6km 豊後・深江城
※距離はおおよその直線距離です。 海・川・山などの地形および交通手段は全く考慮していません。
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- 最終訪問日
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2005年12月
- 縄張図
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現地案内板より
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