築城年代は定かではない。鎌倉時代に筑井太郎次郎義胤が宝ヶ城に築いたのが始まりとの伝承がある。文献に登場するのは戦国時代からで、大永5年(1525年)に武田氏と小田原北条氏が戦っている。
戦国時代には内藤氏が城主で山内上杉氏の家臣であったが、後に小田原北条氏に属して「津久井衆」と呼ばれた。天正18年(1590年)豊臣秀吉による小田原征伐では、徳川家康の家臣本田忠勝、平岩近吉らによって攻め落とされた。
津久井城は相模川南岸、津久井湖の南側に聳える標高375mの城山に築かれている。現在はハイキングコースが整備されている。
津久井城は北西山頂の本丸から南東の各峰に太鼓曲輪、飯綱曲輪、鷹射場などの曲輪群を配している。最大の特徴は各方面に伸びた長大な竪堀で、山頂近くから山麓まで伸びているものもあり、北からの登山道入口の先には「とばぼり」の先端に橋が架かっている。
北麓の国道413号線沿いに「津久井湖城山公園」の駐車場があり、ここから遊歩道が山頂までついている。登山コースはいくつもあり、入口にはパンフレットが用意されている。
駐車場は開放時間があるので注意が必要。
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