大隅 鹿屋城おおすみ かのやじょう
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築城年代は定かではない。 現在残る城址は天正6年(1578年)伊集院忠棟によって築かれたもので、島津氏によって肝付氏の勢力が一掃されると忠棟が一万三千石で鹿屋地方を領し居城とした。
その後島津氏は九州北部まで勢力をのばしたが、豊臣秀吉による九州征伐に敗れる。この時秀吉との外交にあたったのが忠棟であり、その手腕を秀吉に評価された忠棟は文禄4年(1595年)八万石で都之城へと移った。