三浦義意の墓みうらよしおきのはか
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三浦義意は三浦道寸の嫡男で三浦氏最後の当主である。父道寸は義意に家督を譲って岡崎城に居たが、小田原の伊勢宗瑞との争いで、岡崎城、住吉城を落とされ、新井城に籠もって戦った。約3年に及ぶ籠城戦であったが、永正13年(1516年)落城し、道寸は自刃して果て、子の義意も自刃し三浦氏は滅亡した。
三浦義意の墓は新井城の一角にあり、京急油壺マリンパークの入口から細い道を北へ進むと、三浦道寸の墓へと降りる道があるが、そこの北東側、駐車場の奥にある。