わかさ・のちせやまじょう

若狭・後瀬山城
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後瀬山城の写真 写真館(58枚)
史跡指定
国指定史跡
  形態  
山城(168m/-)
  歴史  

大永2年(1522年)武田元光によって築かれた。 若狭守護武田氏5代の元光から信豊、義統、元明の4代の居城であった。

若狭武田氏は次第に勢力が衰え度々被官の反乱にあっている。 天正8年若狭に侵攻してきた朝倉勢によって武田元明は越前に拉致された。

若狭に勢力を延ばした織田信長は若狭衆を先陣に朝倉を滅ぼし元明は信長の旗本となる。 信長が本能寺の変で没すると明智光秀に属して佐和山城を落としたが明智氏が滅亡すると武田氏も滅んだ。 後は丹羽氏、浅野氏、木下氏と続き京極氏が入城するが小浜城を築いて移ったために廃城となった。

  説明  

東北に伸びる曲輪群を見ながら本丸に達する。 本丸まではよく整備された歩道があり楽々登ることができる。 土橋を経て本丸に登詰ると西と南側に石垣が積まれている。 本丸の背後は堀切があり山上曲輪となる山上曲輪は発掘調査で礎石と築山が確認されている。 さらに後瀬山山頂に向かうと堀切に状態の良い土橋残っている。

さてここまでは良好な山道があるのだがどうしても本丸北西に続く曲輪群と畝状竪堀群が見たかったので本丸背後を西面に回り込み岩の横から降りて行く。 一応踏み跡が残っているので道に迷う事なく曲輪群、堀切、畝状竪堀群を散策することができた。 しかし縄張図にある南側に下る畝状竪堀群は発見できず。

ちょうど山の反対側に出てきてしまったので帰りはトンネルを歩いていったのだが国道でもあり車の往来が激しくひやひやしながら携帯していたライトを点灯して歩く羽目に...

  城主  
武田氏
  案内  

登山口は国道27号線にある後瀬山トンネルの東側出口の最初の信号を北に曲がりすぐ左(山側)に曲がると鳥居が見える。 ここに登山口とパンフレットが置いてある。

 所在地 
福井県小浜市伏原
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※距離はおおよその直線距離です。
海・川・山などの地形および交通手段は全く考慮していません。



最終訪問日
2006年10月
 縄張図 
現地案内板より
後瀬山城縄張図

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