|
|
写真館(74枚)
- 史跡指定
-
市指定史跡
- 形態
-
山城(254m/-)
- 歴史
-
築城年代は定かではなく米原氏によって築かれたとも云われるが定かではない。
京極氏に属していたが佐々木六角氏によって攻略され、永禄4年(1561年)には浅井長政によって攻められたが落ちなかった。
織田信長によって佐々木六角氏が追いやられると、浅井氏に属し中嶋宗左衛門を置いた。
織田氏が越前朝倉氏を攻めると、浅井氏は朝倉氏と結び織田氏と決別、元亀3年(1573年)織田氏によって攻められ落城した。
- 説明
-
旧中山道の西の山にあり、南北それぞれの頂部に築かれている。
南城は北の尾根と南西の尾根を堀切で断ち、三段の曲輪を配しており、東側に土塁が残っている。
北城は南に三段、北一段で主郭の北側に土塁が残っている。
- 城主
-
京極氏,佐々木六角氏,浅井氏,織田氏
- 案内
-
西麓の湯谷神社の登り口に案内板があり、南城、北城を経て青岸寺へと降りてくる周遊ルートがある。
- 所在地
-
滋賀県米原市米原
-
- 最終訪問日
-
2007年11月
- 縄張図
-
現地案内板より
|